黒陰


ケロン星宇宙侵攻軍第三本部艦隊 中央母艦総司令室。
その奥のプライベートルームにケロロの姿はあった。
作戦の中間報告の為、第三本部総司令官たる大佐に直々に呼び出されたのだ。
だが、これは名目上の理由でしかない。

ケロロは普段の彼からは想像もつかないような、表情を無くした顔で部屋の隅に敬礼をしたまま立っていた。

「いつまでもそんなところにいないで近くに寄りたまえ、ケロロ軍曹」
「…はっ」
主に声を掛けられて、仕方なく前へ進み出る。
部屋の中央まで出て、再びケロロは敬礼をした。
「もっとだ。分かっているだろう」
「…………は」
言われて、更に一歩踏み出す。
勿論、大佐の言う『近く』がそんな位置ではないことくらいケロロも分かっている。分かっているが、どうしても心が拒絶してしまうのだ。
往生際が悪いのは性分だった。
そんな悪あがきをするケロロの体が、突如見えない力で前方へ引き寄せられる。
「…っ」
一気に彼我の距離は無くなり、ケロロの体はすっぽりと大佐の腕の中に収まってしまった。
これも大佐の力なのだろう。
ぞくりと、ケロロは身を強ばらせた。
密着してしまった体を少しでも離そうと、大佐の機嫌を損ねない程度にほんの少しだけ身を引くが、すぐに強い力で戻される。
「焦らしているつもりかな? 地球でそんな駆け引きでも覚えたのかね?」
「い、いえ。そんな訳ではないであります」
間近で顔を覗き込まれて、ケロロは汗の浮かぶ顔を隠すように伏せた。

「ふ…。まあいい。逢いたかったよ、ケロロ」
「………わ、我輩もで、あります」
ぎこちなく返せば、すぐそばでせせら笑うような空気を感じた。
恐ろしくて顔を見ることなどできないが、どうせ見たって分からない。
大佐は深淵の闇のような姿をしている。
どこまでもどこまでも底なしに暗い、真の闇。
一切の光を飲み込む闇を纏いながら、双眸だけは煌々と輝いているのだ。
「相変わらず嘘が下手だな。そうも腹芸が下手では上に行ってから苦労するぞ」
「…前線が性に合ってるでありますから…」
冗談ではない。
下手に上などに行って本部で大佐の近くに配置になったりしたら…
想像だけで、ケロロの心は絶望に沈む。
そんな事態になるくらいなら、前線で野垂れ死んだ方が余程ましだった。
もっとも、死を持って終わりにする自由などケロロからはとうに失われているのだが。
「わざと下士官に留まるつもりか。…カエルの子はカエルとはよく言ったものだ」
「…………」
ケロロの父も華々しい戦歴を残しながら、出世を拒み退役の時まで前線に留まった、伝説の鬼軍曹と呼ばれる男だ。
ケロロもまたそれに倣うつもりだった。
恐らく父とは違う理由で。父がそうした理由を改めて聞いたことはないが。

「ところで、 “クリスマスプレゼント” は気に入ってくれたかね」
「あ…! あ、あれは…っ」
ケロロが弾かれたように、抱き込まれてから伏せっぱなしだった顔を上げる。
恐ろしさも忘れて、大佐の闇色の顔を睨み付けた。
「大変だったであります!」

忘れもしないあの夜。
地球で初めて迎えたクリスマスイブ。
報告していなかったはずのその侵略の好機を何故か知り、本隊を引き連れて大佐が引き返してきた。
なんとか言葉を弄して再び引き上げさせることに成功したものの、その翌日、とっくに引き上げたと思っていた大佐からのプレゼントが届いたのだ。
自立型侵略兵器というとんでもない容器に入れて。

古代から開発を続けてきた、ケロン軍の虎の子兵器。
すっかり気が抜けきっていたとは言え、兵器の圧倒的な強さの前、タママもギロロも自分もやられて、(当時まだドロロは合流していなかったので)ケロロ小隊はほぼ全滅しかかってしまった。
モアがいなければ、どうなっていたか分からない。
エラーで暴走した結果だとは言え、本当にタチが悪い。

「もう少しで我が小隊は全滅し、地球は破壊し尽くされていたかもしれないであります!」
「心にもない事を。君がちょっと本気を出せば済んだ…そうだろう?」
からかうような口調の大佐に、ケロロは首を振った。
「買いかぶりすぎであります…………とにかく、もうあんなことはやめて欲しいであります」
「気に入らなかったようだな。せっかくお前の好みそうなものを選んだというのに」
プレゼントの中身は、宇宙でも人気のアイドルを模した人形だった。
確かに、ケロロは彼女のファンだ。
この人がそんなことまで知っているのが意外だったが、いつか何の気なしに話したのかもしれない。
だが、いくら好きなアイドルの人形でも、贈り主が大佐では素直に喜べなかった。

「……お気遣いは感謝してるであります。でも、もうあんな真似は…」
「心に留めておこう。それより…」



ケロロの訴えなどさして気にした風もなく、大佐はその黒い顔を近づけた。
耳元に息を感じて、ケロロは体を強ばらせる。
「久々の逢瀬だ。たっぷりと楽しもうじゃないか」
「は…」
闇を集めたような手が、ぞろりとケロロの白い腹を這う。
熱いような冷たいような。
その独特の感触がケロロを振るわせる。
「っく……は…い」
大佐が笑うと、腹に息か掛かった。
その感触さえ刺激になる。
ケロロは反応してしまわないように必死で堪えた。
「相変わらず敏感だな、ケロロ。地球にいる間、誰にも触らせてないだろうな?」
一瞬、ケロロの脳裏に黄色い影が過ぎる。
もちろん、何もない。
大佐と関係を持ちながら、新しい関係など望むべくもない。
巻き込める筈がない。
例えどんなに自分が惹かれていても……、いや惹かれているからこそ、この人に目をつけられるような関係にはなる訳にはいかなかった。

ケロロは唇を引き結ぶ。
「…そんな訳、ないであります」
「ならいい」
「…っ」
首筋に生温かい舌が這わされる。
思わずガードするように身をよじれば、仰け反った喉に噛みつかれた。
「ひ…」
恐怖に身を固くするケロロを楽しむかのように、大佐の歯はゆっくりと喉を辿っていく。
「裏切るな」
「わ、分かってる、でありま…す…」
なんとか言葉を返して、ケロロはぎゅっと眼を閉じた。
どんなに伝説を作ったって、稀少な素質があったって、所詮ちっぽけな駒でしかない自分に抗う術などないのだ。
侵略を先延ばしにして少しでも大佐から離れる…そんな悪あがきをすることしか、今のケロロにはできなかった。





原作ベースで書いてますが、好きなアイドルの下りはアニケロ設定を入れてしまいました。
でも、スモモちゃん人形をパーティ中も手放さなかった、あのアニケロの軍曹ではありません。
最初はそっちで、大佐とラブラブな軍曹を書いてたんですけどね(笑)。
大ケロは一方通行無理矢理な方が萌える!という私の好みで、そっちは没になりました。

大→ケロで、クル←ケロです。クルルは何を考えているのかまだ分かりません。
クリスマスに大佐を呼んだ内通者は勿論クルルな訳で。
ケロロも薄々は感付いてたり。ってことで、これから波乱な予感。どろ沼?

タイトルの「黒陰」は大佐の見かけでもあり、このストーリーに陰る暗雲でもあります。
ケロロに刻まれる「刻印」という意味もかけてます。

(2009.04.01)


★オマケ★ (2009.04.28追加)

大ケロは没カットも落書きもほとんどないんで、最初書いてたラブラブバージョンでも(笑)。


【玄人】