ケロロが風邪を引いた。

いつぞやの「夏ばて」のように原因不明の病ではない。
よくある、いわゆる宇宙インフルエンザだ。
一応薬は打ってあるが、あくまで対処療法。それで完全に治る訳ではない。
今年は特にタチが悪いようだ。
後は暖かくして安静にして、体が自然に回復するのを待つしかないだろう。
ケロロ小隊に衛生兵はいない。
一応は医療分野の知識までカバーしているクルル曹長が、その役割を担っていた。





「あんたが看てたのかよ……ギロロ先輩」

クルルが地下秘密基地と日向家にあるケロロの部屋を繋ぐ扉を開けると、部屋には寝ているケロロの他には一人しかいなかった。
何故かぎくりとして立ち上がりかけたギロロを、クルルは訝しげに眺める。

「あ、ああ…さっきまでドロロが看てたんだが、薬を取りに行くと言ってな。頼まれたんだ…」
「薬、ねぇ…」
特効薬はなかったはずだが、アサシンには特有のルートがあるのかもしれない。
それより、今のクルルの興味は目の前の挙動不審な機動歩兵にあった。

「自業自得の隊長に看護なんか、必要ないんじゃなかったんすかァ?」

タママやモア、そして地球人達があれこれ世話を焼いてケロロを看病する中、鍛え方がなっとらん!等と言って一人突き放していたギロロだった。

「た、頼まれて仕方なく、だっ! いくらなんでも一人にしておく訳にはいかんだろう。こんなヤツでも一応隊長なんだからなっ」
「く〜っくっくっ……別に俺に言い訳しなくたっていいんすけどねェ……」
「……ッ! ……!…!」
特に意図はなかったがほとんど反射的に嫌味を返すと、食ってかかるかと思われたギロロは、何故か何も言わず、赤い顔を更に赤くして足音荒く出て行ってしまった。


「なんだありゃぁ…」
クルルが呟く。
反りが合わないのはいつものことだが、なんだか今日は様子がおかしい。

ベッドの上のケロロを見る。
相変わらず苦しそうにしながら眠っている。
高熱が続いているのだろう。

クルルはベッドの近くに腰を下ろすと、ノートパソコンを広げて、ケロロの腕に器具を取り付けた。
じわりと汗が浮いた腕は、少し触っただけでも熱い。


はあ…はあ…


ケロロの荒い息づかいが耳につく。
症状が悪化しているのかもしれない。
舌打ちをして、クルルはキーを叩き始めた。


はあ…はあ…はあ…


あまりにその息が苦しそうで、クルルは思わず手を止めてケロロを見た。


はあ…は…


上気した顔。じっとりと汗に濡れた肌。力なく開いた唇から忙しなく漏れる荒い息。


意識せず立ち上がったクルルは、思わずベッドを覗き込んでいた。
吸い寄せられるように、手がケロロの頬に触れる。
熱い。






心なしかケロロの周りは湿気が立ちこめているように感じられた。
高熱で汗をかいているせいだろう。
湿った空気は、ケロン人にとって心地がよい。
軽く目眩を感じる。


はあ…はあ…


しっとりと濡れて乱れた夜具に、水気を帯びた緑の肌が横たわっている。


はあ…あ、は………はあ……


じわりと沸いた汗が玉になり、緑の頬に触れたままの黄色い指を伝い降りた。
つ…


流れる水の感触に、クルルははっとしたようにようやくその強ばりを解いた。




(何を考えてんだ、俺は…)


指に残る熱い頬の感触を握りつぶすかのように、ぎゅっと力を籠める。
自分のものか相手のものか分からない汗が、手の中で滑った。









「ん……」

うっすらとケロロの目が開く。

「…ぎ…ろろ…?」
荒い息の隙間から、掠れた声が漏れた。

「…隊長」
「あ……、く…る…」

一番に出た名前が自分のものでないのが面白くない。
こんなに苦しげな相手にそんな下らない嫉妬をする自分に、クルルは顔をしかめた。
熱で朦朧としているケロロは、先ほどまでいた者の名前を呼んだに過ぎない。
分かっている。

先刻から余計なことばかり考える頭を振るうと、クルルは用意してあったペットボトルにストローを刺して口元に差し出してやった。
ケロロは差し出されたストローを億劫そうにくわえると、申し訳程度に吸い上げた。
喉は渇いているだろうに、すぐに口を離してしまう。


「もっと飲めよ」
「…や…」
荒い息の中、掠れた声が返る。





弱々しく伏せられた目蓋の隙間から覗く黒い瞳が潤んでいる。
再び、クルルは目眩を感じた。


はあ…はあ…はあ…


はあ…はあ…


熱い息が、体温が、濡れた体が……



(ヤバイ……)

ふらりとその場を離れかけたクルルの手に、慌てたケロロがすがる。
熱い。
心臓が跳ね上がった。



「行っちゃ…や…であります…」

重い症状に心細くなっているのだろう。
ケロロの声はか細く、いつもより高い。

「ずっと…そばに…いて……」


振り向くと、不安に揺れる瞳が必死に見上げていた。






クルルは、先ほどのギロロの不審な態度の理由が理解できたような気がした。
薬を取りに消えたというアサシンも、或いはひょっとして……



三度目の目眩を感じた。







早く誰かに帰ってきて欲しいなどと思ったのは、クルルにとって生まれて初めてのことかもしれなかった。









カエル注意報さんの一周年企画に参加したもの。

「風邪引いて高熱を出して寝込む軍曹。でも、ハァハァと苦しげに息をする姿が妙に艶かしい。苦しんでいる姿を見てそんなことを考える自分って最低。と反省する面々。」というお題でした。
クルルは反省しなさそうかなーと思ったんですが(笑)、ギロロやドロロだとどうも上手く書けなさそうだったので結局慣れたクルルメインで。
「反省する面々」ということだったので、複数な感じで。

これにもげさんが素敵なオマケをつけてくれました! →こちらから