紅日


「ケロロ!」
夕日を背に幼馴染みが手を振る。
燃えさかる太陽より力強い友の笑顔に、ケロロの足は自然と速まった。

「556!」
ぴょんと飛びつく緑色の小さな体を、556は軽々と受け止めた。
ぎゅっと熱く抱擁してから、優しく抱え直す。
「久しぶりだな! ケロロッ!」
「こないだ会ったばっかりじゃん」
ケロロが556の腕の中で苦笑する。
そう。
先日二人は何年ぶりになるか分からない再会を果たしたばかりだった。
幼き日の約束を忘れず、556は遙々ケロロの赴任先であるここ地球までやってきたのだ。
大した装備も無い癖に、嗅覚だけでこの広い地球上のケロロの居場所を突き止めた。
ケロロはケロロで、やはり昔交わした約束を忘れてはおらず、わざわざこの旧友を迎える為だけに特別な舞台を用意して待っていたのだ。
――こんなところまで来るかどうかも分からないのに。

その日はそのまま慌ただしく別れてしまったが、今度は二人きりで会いたいと、556はケロロを呼び出していた。

「久しぶりだッ」
556がケロロを真っ直ぐに見つめる。
熱い。
接している体から伝わってくる体温も、その視線も。
丸ごと焼かれそうだった。
昔と変わらぬ友の真摯な態度が今のケロロには少し眩しい。
「…そうだな」

久しぶり。

しっぽの生えていた頃は仲良しの友達にも内緒で、こっそりよく二人で会っていたものだが、ケロロが正式にケロン軍に入隊してからは機会がなく、会うこともなくなっていた。
お互い大人になったのだ。

「しかし…でっかくなったよなぁ、556」
ケロロが感慨深げに男を見上げる。
子供の頃はそんなに体格差を感じなかったものだが、成長してもほとんど大きくならないケロン人と地球人タイプの556とでは今や大人と子供だった。
「お前はあまり変わらないなッ」
「しっぽ取れたろ! 失敬な!」
「ハァーッハッハッ!! ちっとも違いが分からんぞぉーッ!」
「はぁ…」
がっくりと項垂れるケロロ。
そうだろう。そうだろうさ。
この友人は昔から細かいことを気にしない、豪快な性格だった。…良く言えば。
ケロン人の幼年体と成年体の違いなど、こいつにとってはほぼ無いに等しいだろう。
「変わらんッ! お前はお前だ、ケロロ!」
項垂れた頭に降って来た言葉が、不意打ちのようにケロロの心の奥底に灯を点す。
なんだよ。嬉しいじゃん。
人の心の機微なんか分かろうともしない癖に、時々その言葉は不思議と心を捕らえるから、ずるい。
「…お前も、変わらないな」
ケロロは再び眩しそうに友を見上げた。
556は体は見違えるほど大きくなったが、心はそのままだと感じる。
昔のまま。
ケロロが大好きだった、あの頃のままだ。
どこまでも真っ直ぐで、熱くて、正直で……

真っ直ぐすぎる556の瞳が直視できず、ケロロは目を伏せた。
「でも “我輩” は……」
伏せた瞳に緑色の自分の手が映る。
夕日で黄金色に染まっていても、そこには決して拭えない罪の色がべったりとこびり付いている。
どす黒い返り血は今もまだ鮮明だ。

抱かれて自然と556の厚い胸に手を添えていたケロロだったが、はっとしたように体から離した。
いけない。
この綺麗なままの幼馴染みが汚れてしまう。

だが、強ばったケロロの手をそっと556が取った。
普段の556からは想像できないような、優しい仕草だった。



壊れ物を扱うように、だが確かな力で、556はケロロの小さな手を逃さない。
「だ、ダメだ…離し…」
「断るッッ!」
「556…」
「ケロロッ!! 俺は…!! 俺はもう…」

「コゴ…ロー……」

熱い友の熱い瞳がその心を語りすぎるほど語っている。
もはや言葉は不要だった。
ケロロは自分の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
まるでその熱気に感染したかのように。


熱い……


この男に全てを委ねてしまいたい、そんな気持ちになる。
委ねて、この熱く激しい炎で全て丸ごと焼いてしまえれば、どんなにいいだろう。
過去の罪も。しがらみも。立場も。責任も。全て。全て…


「………ダメだ、556…」
俯いたケロロの顔に濃い影が落ちるのを556は見ていた。
「ケロロ…」
「忘れたのかよ? 昔の約束。子供の時しただろ」
「忘れる訳ないだろうッ! だから俺はここまで…ッ」
「俺は侵略者に」
「俺は宇宙刑事になってお前を阻止する」
「な? 侵略者と正義の味方が手を取り合ってちゃおかしいじゃん」
「し、しかし…」
「俺たちはこれからも最高の宿敵同士…だろ?」
「ケロロ……」
ようやく顔を上げたケロロは不思議な表情をしていた。
笑顔の形を作っているのに、556にはそれは泣きたいのを堪えているようにしか見えなかった。



「じゃあな、556」
小さな緑の体が手を振って去ってしまう。
556は、彼にしては本当に珍しく、ああ…とだけ小さく返した。
それ以上口を開くと、困らせることを言ってしまいそうだった。
――幼馴染みの、宿敵を。

ケロロのあんな表情を見たのは初めてだった。
胸がこんなに締め付けられるのも、556には経験がないことだった。
いつものように我を押し通す気にはどうしてもなれなかった。
556の手がぎりぎりと結ばれる。
ケロロの後ろ姿を見送る視線は、沈みゆく夕日にも負けないくらい熱いままだった。





「宿敵」と書いて「とも」と読んで下さい。

ケロロの口調は、原作の556登場回を参考にしたのでちょっと違和感があったかもしれません。
読み返して、ちょっと衝撃でした(笑)。

紅日というタイトルは、556の熱いイメージが赤と太陽だったから。
「くれないひ」で、大人になっても変わらない、暮れない太陽のような存在、という意味も込めてます。
軍人として活躍してきたケロロには、純粋で眩しい存在です。

(2009.04.01)


★オマケ★ (2009.04.28追加)

没カット


ケロロを軽々と受け止めて、熱く抱擁する556。
いやー、暑苦しいなぁ。