鼻が高い


「…って何?」
「ん?」

茶の間でくつろぐ兄の元へ、小さな弟が軽ろやかな足音を立てて寄ってきた。

「父ちゃんが、どっかのおっちゃんにいわれてたんだ」

『ガルル君は訓練所でも評判で、お父上もさぞ鼻が高いでしょう』
そんなことを言っていた。

「はなが高いってへんじゃねぇ?」
ギロロは自分の鼻の辺りをぷにぷにと押した。





確かにギロロ達ケロン人の鼻は、漫画上のデフォルメなのか、実際に埋もれている構造なのか、一見無いように見える。
そんな鼻が高いなんて、おかしい。
と、ギロロは思ったのだ。
鼻が高い、というのはゾウジル星人とかキノピオ星人とか、そういう人達に対して言うべき言葉だろう。
自分はもちろん、兄も父も絶対に高くなんてない。

「そうだな」
ガルルは幼い弟の無邪気な感想に顔をほころばせた。
「こういう表現は慣用句と言って、直接的な意味とは違う意味を持つんだ。…と言っても分からないか」
「ちがういみ?」
「『鼻が高い』の意味は、誇らしいとか、自慢に思うとか、そういうことだな」
「ほこらしい?」
「ふむ…そうだな…」
誇らしいも難しい表現だったかと、ガルルは分かりやすい説明を探す。

「ギロロはこのあいだのテストでいい点を取ったらしいな」
「うん!」
「すごいじゃないか」
「へへ」
少し照れくさそうに、でも嬉しそうにギロロは笑顔を見せる。
ガルルはそれをぽんぽんと撫でてやりながら
「その気持ちが、誇らしい、だ」
「ほめられると、ほこらしい?」
「そうだ」
「ふうん…」
「そしてそれを、鼻が高い、と言う」
「おれ、今はな高い?」
「そういうことだ」
「ふうん…」
小さな弟は首を傾げながらも、理解はしているようだ。

「自分のことじゃなくても、家族とか近しい人が褒められたり認められたりした時にも感じるものだ。自分のことのように嬉しくなるからな」
「でも、父ちゃんはそんなことないってゆってたよ」
「ふふ…そうだろうな」
ガルルはその場面を想像して片頬を上げた。
実に父らしい。
「父ちゃんは兄ちゃんがほめられてもうれしくないの?」
「いや、そんなことはないさ。ただ素直にそういうことを表す人じゃないからな」
「そっかぁ…」
ギロロは言われたことを考える。
確かに、父ちゃんは素直じゃないかも。でも…
「おれは兄ちゃんがほめられてるとはなが高いよ!」
真っ直ぐに兄を見つめるギロロの目が輝いている。
ガルルは、ギロロの自慢の兄なのだ。
きらきらとした弟の目を悠然と受け止めて、ガルルはまた弟を撫でてやった。
「嬉しいね。俺もギロロが褒められると鼻が高いぞ?」
「へへ」
撫でられたギロロが気持ちよさそうに目を細める。
まだ素直な時期だった。

「ギロロ、これは何も家族だけに感じる感情じゃない。例えば友達なんかにもそうだ」
「友だちにもぉ?」
「訓練所の先生にケロロ君が褒められていたらどうだい? 鼻が高いと思わないか?」

ギロロは一生懸命想像してみた。
ケロロが先生に怒られているところはよく見るけれど、褒められているところはあまり見たことがない。
でもうんと考えてたら、一つ思い出した。
この間のかけっこでケロロはクラスで一番だったのだ。それを褒められていた。
聞いていたギロロは、決して誇らしくはならなかった。
むしろ悔しかった。自分は二番だったから。

ケロロが褒められていたら悔しい。
そんなことを言ったら友達甲斐がないように思われそうで迷ったものの、結局ギロロはきっぱりと答えた。
「思わない」
「そうか…そうだな…」
ガルルはそんな弟に理解を示した。
男の子同士、それはそうだろう。
友達だって、いや近しい友だからこそライバルでもあるのだ。
自分の話の持って行き方に問題があったようだ、とガルルは考えた。

「訓練所の教官に聞いた話なんだが」
「え?」
「教官室から見える空き地があって、よく小さな子供達が遊び場にしているのを見るのだそうだ」
急に話題を変えた兄に不思議そうな顔の弟を目で制して、ガルルは話を続けた。

その日も何気なく見ていたら、空き地にいつもはない砂場のようなものが出来ていて…と言っても、元々空き地にあった砂を集めて石で囲んだだけの粗末な出来だったそうだが。
それを見つけた幼い子供達が集まって早速砂場遊びを始めたそうだ。

「微笑ましく思って教官が見ていると、そこにその子達よりは大きな、恐らく幼年訓練所に通い始めたくらいの緑色の腕白そうな子供がやってきた」

ケロロだ!
と、ギロロは直感的に感じた。

「その子は、小さな子供達が砂場に入っているのを見つけると、脅してみんな追い払ってしまったらしい」
「えっ」

ギロロはどきりとした。
確かにケロロは我が儘なヤツだけど、年下に意地悪をしているのは見たことがない。
自分や同級生とは殴り合ったりもするけれど、決して弱い者虐めはしないタイプだ。
悪いこともする。でも基本的には優しいヤツなのだ。
…そのはずだ。
少なくとも自分が知っている限りは。

「にいちゃ…ケロロは…」
「まあ黙って聞きなさい。誰もケロロくんのことだとは言っていないだろう?」
「……」
確かにそうだ。
ギロロはぐっと唇を引き結ぶ。
だが、きっとその緑の子はケロロだというギロロの直感は揺るがなかった。
不安からか、少し心臓がどきどきしてきた。

「その子は砂場に一人座り込むと山を作り始めた。小さな子達は羨ましそうに外から見ていたが、決して中には入れて貰えなかった。それどころか、空き地からも去るようになお脅されていたようだったそうだ」
「………」
「小さな子供達は諦めて去っていった。中には泣いている子もいたそうだ」
「…………」
「緑の子は暗くなるまで砂山の前にいて、とうとう誰も中に入れなかった。翌朝再び教官が見てみると、その子はもう既に砂場に陣取っていて、訓練所が始まる時間になっても動こうとしない」
「…………」
「小さな子達もやっぱり遊ばせて貰えないままだ。乱暴なガキ大将だろうが、いじめっ子だろうが、子供同士のことは子供に任せるべきだと教官は思っていたのだが、流石に一言くらい言いに行った方がいいだろうかと考え始めた頃」

「空き地の方からパキパキとかすかに何かが割れるような音が聞こえた。訓練所の教官の耳にまで届いたくらいだから、かなり大きな音だったんだろう。見ると、空き地の砂山から沢山のアカ宇宙ウミガメが空に飛び出して行くところだった」
「……カメ…?」
「そう。どうやらその子はアカ宇宙ウミガメの卵が空き地の砂に産み付けられているのを見つけて、囲って保護していたようなんだな。子ガメ達が飛び立っていくと、満足したように去っていったそうだ」
「………………」
「教官は一方的な見方で酷い子供だと思っていたことを恥じたそうだ。これは物事は多面的に見て判断しなくてはならない、という教訓話で…とまあ、それはいいな。ちなみにその子はケロンスターレプリカをつけていたらしいが」
ここで言葉を切って、ガルルは弟の方を見遣った。
少し悪戯っぽい笑みを浮かべている。

「どうだ? 鼻が高い気持ちにならなかったか?」
「…っ」
明らかに話の最初より表情が柔らかくなっていたギロロは、さっと顔を赤くした。
なんとなく恥ずかしかったのだ。
ケロロの評価の変化を、自分のことのように嬉しく聞いていたことが。
ケロロが小さい子を苛めるようなヤツじゃなくてほっとして、ほっとしたら、ほらみろという気持ちになった。
ほらみろ、俺の友達がそんなヤツな訳ないだろ。

「べ、別に…っ」
「そうか?」
「そうだよっ」

赤くなった顔を兄の目からそむけていたギロロだったが、

「兄ちゃん、あのさ…」
「うん?」
「『かんようく』は本当のイミがちがうっていってたけど、おれ、そんなことないと思う」

そう言って、再びガルルの目を真っ直ぐに見つめ直した。

「はなが高いときはさ、ほんとにはなが高くなるんだよ」
「ほう…?」

ギロロの顔が少し得意げになった。
さっき、ギロロは発見したのだ。

『鼻が高い』時には、自然と背筋が伸びる。胸が張る。顔が上がる。そうすると、いつもより少しだけ鼻の位置が高くなるのだ。
例え見えない鼻でも、『鼻が高い』気持ちの時には上に上がるのだと。

「はな、ちょっと高くなるよ」
「ああ、本当だな」
嬉しそうな様子に目を細めたガルルは、再び弟の頭に手を置いた。





ちびケロ達のお祭り、「しっぽの気持ち」のお題「はな」に投稿させて頂いたSS…を読み返してヒドイと思ったところを少しだけ加筆修正したもの。
せっかく平仮名なんだからと色んな「はな」を考えてたんですが、他の方々はみんな素直に「花」で投稿されていて、あれ〜?でした。
私ひねくれてる!

普段かかないちびギロやお兄ちゃんをかけたのは新鮮で楽しかったですv
お兄ちゃん、これでも地球人で言うところの中高生くらいなイメージ(笑)。
けろっとさんの、しっぽ取れたてなのに素敵ダンディなお兄ちゃん(「オトナの気持ち」)に実は影響を受けてました。

(2009.04.20)