ホワイト


「うまっうまっ」
「くっくー」
「これすっげー甘くてオイシーであります!」
「そうかい」







日向家地下秘密基地、昼夜問わず怪しげな光の消えないクルルズ・ラボでは、お菓子の箱に囲まれてケロロ軍曹がご満悦だった。
クリームのたっぷりつまったふわふわのシュークリームに、上等のカカオを使用した本格チョコとほどよくローストされたナッツでコーティングされたエクレア。(こちらもまた、中にはクリームたっぷりだ)
贅沢にもその両方を手に、交互に頬張っている。

ひとくち囓ると口いっぱいに広がる絶妙の甘みに、ケロロはうっとりした。

「このクリームがまた絶品であります!」
「皮もさくっさくっ、ふんわふわだし!」
「くっくっくっ…気に入ったみてぇだなァ…」
「うんっ! 超ウマイよコレ!」

上機嫌で菓子にむしゃぶりつく小隊長。それを見つめる作戦通信参謀の、メガネの奥の瞳が細まった。

このシュークリームとエクレアは、ホワイトデーのプレゼントとしてクルルが用意したものだった。
最初は何か入ってるんじゃないかと警戒していたケロロだったが、その箱がTVでもよく紹介されている人気の高級店のものであると気づいてからは、開けずとも漂ってくる甘い香りに耐えきれず、衝動に任せてままよと食べてしまった。

拍子抜けすることに、何の仕掛けもなく…中に激辛カレーが入ってるなんてこともなく…、とにかく旨い極上の菓子だったのだ。
……もっとも、『今のところは』という注釈付きではあったが。

ケロロと言えば、もうすっかりそんな警戒は忘れて、激うまシュークリームとエクレアを独り占めできるという幸福に浸っていた。
小隊で菓子と言えばタママ二等兵の専売特許の感があるが、ケロロ軍曹だって結構(大人の男としては相当に)甘い物や菓子は大好きなのだった。
超がつくお金持ちの西澤家と違い、(経済的には)ごく標準的な家庭の日向家では、こんなに美味しい菓子を独り占めできる機会はない。


両手に一つずつ持って食べるなんて行儀の悪いことをしているから、上手く食べられなくて既に口から手からクリームやチョコレートでべたべただった。
たっぷりクリームがつまっている為、噛みつくとどうしてもクリームが飛び出てしまうのだ。
「おっと」





腕にたっぷりとクリームが落ちたことに気づいたケロロは、ぺろりとそれを舐めとった。
「んまーい!」
実に幸せそうな笑顔だ。

エロい…

子供じみた満面の笑みにそんな感想を抱いているのは、もちろん贈り主のクルルだ。
殊更クリームを増量させた甲斐があった、とほくそ笑む。
顔から体から白いクリームまみれで、それを口いっぱいに頬張ったり舐めとったりするケロロの姿は、大いにクルル曹長を楽しませていた。

悪くないねぇ、ホワイトデー。く〜っくっくっ…

菓子自体に仕掛けはない。
ただ、旨い菓子をやって株を上げた上で、更にこういう姿も鑑賞してこっそり楽しもうというのが、ひねくれたクルル曹長の今年のホワイトデーなのだった。


「くっ…?」
「んまっんまっ…ん? どうかした?」
「隊長ォ…流石にそれはサービスしすぎじゃねー?」
「は? サービス?」

クルルの視線を辿ったケロロがゲロォ〜!と声を上げる。





「ケロンスターが泣いてるぜェ…くっくっくー」
「ゲロゲッ! 本部にはショナイねっ!ねっ」

慌てたケロロが腹部についた大量のクリームをすくい取って口に入れた。
落としたクリームもやっぱり旨い。
指の股のひとつひとつまで丁寧にしゃぶっていく。

く…っ
エロすぎるだろ、隊長ォ…

思わずクルルの手がケロロの顔に伸びていた。





「ケロ?」
「……顔にもいっぱいついてるぜぇ」
「んっ」

自身の行動を誤魔化すように、延ばした手で口の上のクリームをぬぐってやる。
クリームのついた指を緑の口元に持って行くと、ぱくりと咥えられた。熱くて柔らかい舌。

「く…」

そのまま押し倒したい衝動に駆られたクルルだったが、理性を総動員してぐっと堪えた。
何故ならまだ菓子を食べている途中だからだ。
このままコトに及ぼうとしても、子供じみたこの人のこと。絶対に菓子の方が気になって集中できないに決まっている。そうに決まっている。

我慢、我慢。
自分が買ってきた菓子に負けるなんてダセー真似、俺はゴメンだぜぇ…

プライドの高さがクルルの衝動を抑え込ませるのだった。


クルルが我慢して十数分、ケロロがようやく手を止めた。
まだ中が残っている箱の蓋を丁寧に閉じる。

「ふー、美味しかった! 流石にもうお腹いっぱ…ゲロォーー!??」
「く〜っくっくっ…」
「ちょっ、ちょっとクルルそ…んむーーっっ」

黙れ、と言わんばかりにクルルは、押し倒しても尚騒ぐケロロに強引に口づけた
散々我慢を強いられていたのだ。
もう待てを聞くつもりはなかった。

待ち望んだケロロの口はベトついていて、甘い甘い砂糖とミルクの味がした。











―― 暗転 ――











ケロロはクルルに背を向けて、ぷんすか怒っていた。





「まったくもう! 信じられないであります!」
「なんだよ、アンタだって悦んでた癖に」
「よっ…そりゃまあ」
気持ちよかったけど…と、自分の乱れっぷりを思い出して恥ずかしくなって後ろの方はごにょごにょと誤魔化すような調子になる。
怒りで紅潮していた顔がさらに赤くなってしまったが、そんな羞恥を振り払って、ケロロは声を張り上げた。

「でもシュークリーム使う必要なくね!?」

プレイ(笑)にシュークリームとエクレアの残りを使ったというので、ケロロは怒っているのだった。
ケロロが大事に残してあった極上の菓子たちは、みな無残にも床に散ったり二人の体の中に飲み込まれていってしまった。

「あとで食べようと思ってたのにっ!」
「いーじゃねーか。腹いっぱいだったんだろォ? クリームのヤツは本日中にって書いてあったぜェ」
「食べるつもりだったであります! 本日中に! 無理でも明日の朝ならギリギリセーフでありますよ!」

ま、アンタは腹丈夫そーだからな。
と返しながら、クルルは機嫌を降下させていた。

正直ここまで菓子に執着されるとは思わなかった。
せっかくいい雰囲気で来たのに台無しだ。
そりゃあ制止も聞かずに強引に進めたのは悪かったかもしれないが。
せっかくのイベントなんだし、少しくらいハメを外したっていいだろ?
もう少し空気を大事にしたってバチは当たらねーんじゃね?
大人なんだし。
いくら子供っぽくても、アンタ俺より年上だろ?

そんな言葉が浮かぶ。
そういう自分も相当子供っぽいなと思いながらも、どうしようもなく不機嫌になるのを止められずにいた。


が、


「クルルがくれたの、我輩が全部食べたかったのに…」



ぽつり、とケロロが零した言葉に。

自分のむかつきや苛立ちがみるみる晴らされていくのを、クルルは我がことながら呆れた気持ちで感じていた。
なんて単純な。
この陰湿陰気陰性陰鬱・天才クルル様が。


言葉一つで、浮いたり沈んだり。


情けねぇ、という思いは不思議と沸かなかった。
自分は他人にペースを乱されるのが大嫌いなタイプだと思っていたが、この人に振り回されるのだけは嫌ではないらしい。



「…………また買ってきてやるよ」
後ろから声をかければ、ぴくりと反応したのが揺れる軍帽で分かる。
「…ホントでありますか?」
「くっくー」
「来年のホワイトデーとかじゃなくて…?」
「なんなら明日でもいいぜェ」
と、言った途端。
「マジで!? うひょー! クルル大好き!」
緑の体が勢いよく振り返った。大きな黒い目がキラキラ期待に輝いている。先ほどまでの不機嫌な様子など微塵も感じられない。
「安い大好きだなオイ」

憎まれ口は照れ隠しだった。
期待通り過ぎる素直な反応に、なんだかこっちが照れてしまう。
この人のこういう切り替えの早い、後を引かないところは間違いなく長所だとクルルは思う。
自分みたいなタイプだったら、こんな些細な喧嘩ですら致命傷になって修復不能な仲になっていただろう。
もっとも、自分みたいなタイプと付き合うなんて死んでもご免だが。


「なになに? 何考えてんの? あ、今更やめたはナシでありますよ!? そんなこと言ったらしばらく口きかないであります!」
「しばらくねぇ…」
一生と言わないところが自分を知っていると、クルルは笑みを零した。
「ゲ、ゲロ…なにその怪しい笑い」
「さあてね…クックックッ……そうだな、明日はゼリーとかどうよ?」
「え…我輩ゼリーも好きでありますが、明日もシュークリームとエクレアがいいであります。旨かったであります」
「それは食べる用だろォ」
「………え゛」
「ク〜ックックックッ…」
「えええええー!? だっダメでありますよ! 食べ物粗末にしちゃ!!」
「だいじょーぶだって。こーゆーの出しときゃ」

 ※シュークリームもエクレアもゼリーも、後でスタッフが美味しく頂きました。

「いやいやいやいや! ダメだから! そんなんじゃ誤魔化されないから! ってゆーかそんなスタッフ嫌だし!!」
「クックックッ……」
「だっ、ダメだからね?!」
「ク〜ックックックックックッ……」





3月中はホワイトデーやっても許される、そんな気がして今更やってみました。
お粗末様でした。
お菓子を頬張ったり、クリームなめてる軍曹を描きたかっただけの話だったんですが、間を埋める文章に四苦八苦してしまいました。
小説書ける人はやっぱりすごいや。

なんかぐだぐだしてしまいましたが。
えー、珍しく痴話げんか?
すぐ終わっちゃいましたが。しかも理由、くだらねー(笑)。

(2009.03.27)